2026年10月30日
半導体・電子部品関連,コンサルティング・調査会社
――まずは、土谷さんが現在どのような役割を担っているのか教えてください。
現在は、マッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナーとして、半導体領域におけるアジア太平洋地域全体のリーダーを務めています。日本を中心に、半導体メーカーだけでなく、素材や装置のメーカー、ファンド、政府機関など、半導体を取り巻くプレーヤーを支援しています。
マッキンゼーはグローバルでも半導体領域に力を入れており、中心にあるのは経営への助言です。ただ、最近は数年にわたって全社変革に関わり、業績回復やM&Aの実行まで一気通貫で関わるケースも増えています。
そのほか、新規事業や新しい市場へ進出するための支援や、オペレーション変革としてクリーンルームの中で改善を進めることもあります。半導体領域は技術だけでも、経営だけでも完結しないため、幅広いテーマに関わっています。
――土谷さんが半導体の道へ進んだのは、どのようなきっかけからだったのでしょうか?
大学の授業で半導体に触れたときに、とてもワクワクしたことが最初のきっかけです。研究室を選ぶ段階で、半導体を扱う分野へと進みました。
学部生時代にはNTT物性科学基礎研究所で、ハーバード大学でPh.D.(博士号)を取得する中では、IBM T.J. ワトソン研究所やローレンスバークレー国立研究所、スタンフォード大学などとも共同研究を行いました。
当時はゲート酸化膜を研究していて、従来のシリコン系材料に異なる材料を導入することが大きなテーマでした。長く議論されていた難しい課題が、2000年代後半ごろには実際の半導体プロセスへ導入されていきました。
研究者や企業が一つずつ課題を解き、研究の中で議論していたものが実際の技術として使われていく。その過程を目の前で見られたことがとても面白く、半導体の世界に強く惹かれていきました。
――研究者やエンジニアとして技術を追究する道もある中で、現在の仕事へと進んだ経緯を教えてください。
学生の頃は、当然ながらエンジニアとして半導体に関わり続けたいと思っていました。ただ、博士号を取得した2009年はリーマンショック直後で、当時のアメリカでは大規模なリストラが行われていました。半導体業界も例外ではなく、多くの企業が新規採用を見合わせる厳しい状況でした。
一方で、技術を世の中へ出していくことへの思いは強く持っていました。私の名前の「大」は、両親がソニー創業者の一人、井深大さんにちなんで付けたものです。そのこともあり、技術者が良いものをつくり、それを世の中へ届けることには大きな価値があると考えていました。
ただ、海外から日本を見ていると、優秀な技術者や良い技術があっても、それが十分にスケールしなかったり、ビジネスチャンスをつかみ切れなかったりする場面がありました。
技術を社会へ届けるには、経営の力も必要です。そこで、不況で仕事が少ない状況を逆に機会と捉え、新しいものを生み出す側へ役割を広げてもよいのではないかと考えました。それが現在の仕事につながっています。
――海外での経験を通じて、日本や半導体産業を見る視点はどのように広がっていったのでしょうか?
アメリカでベンチャーを7年ほど経験する中で実感したのは、新規事業を立ち上げる際の投資規模やスピードの違いです。
アメリカやカナダでは、立ち上げの初期段階から大きな資金が動くことがあります。一方、日本では投資額が小さくなりやすく、事業のスケールのさせ方に大きな違いがあると感じていました。
そもそも半導体自体が、国境を越えてつながる産業であり、そのグローバルさにも惹かれてきました。いま手掛けている支援も日本企業と海外企業の双方あり、日本企業を支援する場合でも、海外進出や海外企業との関わりを含むものが多くあります。
そうした経験を重ねる中で、現在は日本だけでなく、アジアの半導体エコシステム全体がどう発展していくべきかを考えながら企業を支援しています。
――世界全体を見たとき、日本は現在どのような状況にあると捉えていますか?
現在は生成AIによって国内でも半導体への注目が高まっていますが、世界全体の投資規模はそれ以上に大きく伸びています。国内では盛り上がっているように見えても、グローバルシェアでは横ばい、あるいはまだ微減している状態だと捉えています。
以前は、日本、欧州、アメリカという三極がそれぞれ強みを持ち、半導体産業をけん引していました。適材適所で分業が進んだ結果、日本には素材などの強みが残り、欧州には先端リソグラフィ―、アメリカには設計と装置、台湾には製造を中心とした強いエコシステムが形成され、韓国はメモリで存在感を高めてきました。
しかし、現在は中国がフルバリューチェーンで産業のスケール拡大を進めており、アメリカも半導体の自国生産を奨励しています。
日本は、素材や装置をはじめ、幅広い領域に強みを持っており、ある意味では何でもできる国です。ただ、それぞれの分野で大胆な施策を打ち切れていないところがあります。そのため、どうしても相対的にシェアが低下している可能性があると考えています。
――日本が持つ技術を、今後も世界で通用する競争力につなげていくためには、何が必要でしょうか?
クリティカルな技術を国内に残し、それをきちんとスケールさせることが重要だと思います。
生成AIが伸びる中では、GPUへの需要が高まり、次に大量の並列計算を行うためのメモリ、そして現在はネットワークが大きなテーマになっています。その中で光電融合が注目されていますが、日本は昔から光ネットワークに取り組んできたため、基盤となる技術を数多く持っています。
ただ、技術があるだけでは十分ではありません。AIデータセンターには国家規模ともいえる巨額の資金が投じられており、その中でスケールしきれなければ、他国がバリューチェーンを持っていく可能性があります。
だからこそ、自分たちがどの技術で世界に必要とされるのかを見極め、その領域にしっかりと投資していくことが求められます。
――海外の企業や産業と比較したとき、日本企業の組織や経営、事業の進め方にはどのような違いを感じていますか?
日本は、企業独自のやり方に閉じやすいところがあります。海外では、新しい市場へ進む際に外部から人材を入れ、異なる企業や市場のやり方を取り入れながら、これまでとは違う方法で事業を進めます。その結果、組織の実行力や経営力、事業開発力が鍛えられていくのです。
また、韓国や台湾、アメリカの企業などを見ると、事業を伸ばそうとするアグレッシブさや、目指す水準にも違いを感じます。高い目標を掲げ、それに向けて組織を動かしていく力は、日本企業がさらに強化できる部分だと思います。
――半導体産業の人材という観点では、どのような課題を感じていますか?
マッキンゼーでも、多くのメンバーが半導体関連のプロジェクトに関わっています。そのほとんどは、もともと半導体を知らなかった若い世代ですが、非常に強い興味を持っています。その意味では、半導体そのものの人気についてはあまり心配していません。
ただ、産業として人材を確保する仕組みには課題があります。私の世代は「半導体人材の谷間世代」になっていて、新卒で一度大量採用された後、市況の悪化によって若いうちに業界を離れた人が多くいました。私自身も、そのまま業界に残り続けられなかった一人です。
海外を見ると、台湾では半導体産業での研究開発と兵役免除を結び付けた産業振興策を実施してきました。韓国でも半導体人材を育てるための制度があり、近年では大手メーカーが大学に半導体関連の学科をつくり、学費、生活費、就職まで含めて支援しています。
日本では、半導体業界で働く人に対するキャリア形成や待遇面での支援が、まだ十分ではないと感じています。若い世代が夢を持って業界に入り、景気の波があってもキャリアを続けられる環境をつくることが重要だと思います。
――日本の半導体産業を取り巻く環境を、海外と比較してどのように見ていますか?
日本は、決して半導体へ投資していないわけではありません。工場や装置など、物に対する投資を各国と比較すると、競争力のある水準だと思います。ただ、それに付随するOPEX(事業運営費)や研究開発への支援、人への投資となると、まだ十分ではないと感じます。
アメリカで研究していた当時は、設備がそれほど潤沢でなくても、研究者には比較的高い給与が支払われていました。日本はその逆で、装置や設備には多くの予算がつきますが、研究者自身の給与はそれほど高くありません。
中国では、リーマンショック後、海外で学んでいた研究者や学生に多額の資金をつけ、国内へ戻していきました。そうした人たちが、現在の産業を支える基盤人材になっています。
立派な施設や装置が増えても、それを使う人がそろわなければ、サステナブルな形にはなりません。日本でも、物への投資だけではなく、人への支援をさらに強化していく必要があると考えています。
――一方で、日本が持っている強みはどのようなところにあると感じていますか?
日本の大学の研究環境は、実は非常に恵まれています。アメリカのトップ大学や研究機関の施設を使って研究した経験から見ても、研究設備という点では日本が最も優れていました。
ただ、日本にいると、その環境が当たり前になってしまい、どれだけ恵まれているのかに気づきにくいところがあります。
東南アジアやインドでは、ものづくりの仕事に就く人でも、学生時代に実際に物に触れる経験がほとんどないまま企業へ入りますが、日本では多くの教育機関で学生の段階から実習を通じて装置や材料に触れる機会があります。
こうした環境を人材育成に活かすためには、使う側も視野を広く持つことが欠かせません。その意味でも、海外との協業は非常に重要ですし、そうした連携を広げていけるエコシステムがすでにあること自体、日本の大きな強みだと感じています。
――そうした環境を活かしていくうえで、これからの半導体産業にはどのような人材が求められるのでしょうか?
半導体は「総合格闘技」です。回路設計、コンピューティング、材料、物理、化学、機械工学など、多様な専門性が組み合わさって初めてものができます。そのため、さまざまな人に門戸が開かれている産業です。
同時に、一つの専門だけで完結するわけではなく、異なる領域の専門家の力を組み合わせていく必要があります。大切なのは、自分の専門を足場にしながら、どこから先は専門家に任せるべきかを理解し、それぞれの強みを活かしていくことです。
しかし、日本企業では、異なるバックグラウンドを持つ人材を活かすことに、まだ課題があります。企業独自のやり方や社内の阿吽の呼吸で仕事が進んでいると、外から来た人にやり方を説明できず、マネジメントが難しくなります。
だからこそ、企業側には外から来た人材を受け入れ、その強みを活かせる組織づくりが求められるのです。同時に、多様な専門性を理解し、それぞれの力を組み合わせてマネジメントできる人材も欠かせないと考えています。
――日本の半導体産業がこれからも競争力を保っていくためには、どのようなことが重要だと考えていますか?
まず、人材のネットワークや人的資本を強化することが必要です。産業には必ず山と谷があります。谷の時代が来たときにもコミュニティを維持し、人材を業界の中につなぎ止められるかが鍵になります。
技術的なボトルネックも、GPU、メモリ、ネットワークと、その時々で変わってきました。そのため、人も一つの企業や領域に固定されず、次のテーマへ移っていける方がよいと思います。それを可能にするうえでも、企業を越えた人的なつながりが大きな意味を持ちます。
もう一つ欠かせないのは、グローバルとの接続です。海外から見ると、日本の半導体分野での存在感は以前より低下しています。インドや中東など、これまであまり意識されてこなかった国々も参入してきています。
日本も国内だけで完結せず、自分たちの強みをどう世界につなげるのかを考えなくてはなりません。そのためには、日本の取り組みを外へ発信し、成長市場のトップや意思決定者とつながるネットワークをつくることが重要だと考えています。
――そうした観点から、土谷さんは現在のRISE-Aをどのように見ていますか?
これからの半導体産業において、非常に意義のある取り組みだと思っています。
RISE-Aでは、これまでにはない形で、企業や組織の枠を越えたコミュニティが生まれていると感じます。そうしたつながりはグローバルにも広がり、外から見た存在感も少しずつ高まっています。
ただ、大切なのは継続することです。ブームのときは投資も増え、多くの案件が生まれますが、市況が悪くなったときに人も投資も離れてしまえば、それまで積み上げてきたものが途切れてしまいます。
現在の盛り上がりが落ち着いたときにもコミュニティを維持し、人への投資を続けられるかどうかが、本当の正念場になると考えています。
――RISE-Aが今後さらに価値を高めていくためには、どのような場になっていく必要がありますか?
海外には、シリコンバレーやボストンなど、イノベーションのハブとして機能している場所があります。RISE-Aも、人が集まるだけでなく、そこから具体的なビジネスが生まれる場へと転換していくと良いと思います。
例えば、RISE-Aで出会った人たちからスタートアップが生まれたり、企業が新しい領域へ進出するきっかけを得たり、海外企業が日本へ投資する入口になったりする。そのような事例が増えると非常に面白いですね。
そのためには、意思決定者同士が議論する場や、スタートアップと投資家を意図的につなぐ場など、参加者に応じて機会を設計することも必要です。
私自身はアジア全体を見ているため、RISE-Aがアジアのハブになることにも期待しています。アメリカだけでなく、インド、東南アジア、韓国、台湾などへネットワークが広がり、最終的に日本が世界から必要とされる状態になれば、非常に大きな価値があると考えています。
――最後に、これから半導体に関わる人たちへ伝えたい思いを聞かせてください。
半導体の裏側には、人のドラマがたくさんあります。日本の半導体産業も、終戦直後の厳しい環境の中から、先人たちが懸命にものをつくり、現在のエコシステムを築いてきました。
外から見るとクールな産業に見えるかもしれませんが、実際には泥臭い仕事の積み重ねです。私は、その泥臭さの中に成功の鍵があると思っています。
そして、半導体には大きなワクワク感があります。私が学生の頃に惹かれた理由の一つは、シリコンが砂からできていることでした。砂などに含まれる原料をもとにシリコンをつくり、それに計算させて大きな付加価値を生み出していると考えると、ものすごいことです。
そうしたワクワク感を若い世代につなぎ、自由に活躍できる場をつくる。海外の優秀な人材も含め、さまざまな人が日本で挑戦するようになれば、日本の半導体産業はこれからも盛り上がっていくはずです。
自由に、泥臭く、愚直に取り組み、謙虚であり続けることが、半導体という産業では大切だと考えています。
