2026年06月12日
市場動向,AI&データ,人材育成,半導体・電子部品関連,大学・研究機関
いま北海道では、最先端半導体プロジェクトを契機に、人と知、そして世代を超えた意志が交差し、産業の再構築に向けた動きが加速しています。こうした動きを、地政学とテクノロジーの両面から読み解いてきたのが、北海道大学大学院 工学研究院で国際情勢を研究する太田泰彦氏です。なぜ半導体は人と場をつなぐのか。そして、その接続を広げる存在としてRISE-Aはどのような価値を持つのか。太田氏の視点から、いま起きている半導体産業の変化と次なる可能性を探ります。
――まずは、太田さんが研究されているテーマを教えてください
半導体の技術そのものの探究ではなく、半導体をはじめとする先端テクノロジー全般に関わる各国の政治、経済、産業を分析しています。ウクライナ戦争や中東の緊張など、いま世界は地政学的に非常に不安定な状態にありますが、国際政治の影響を直接的に受ける産業の一つが半導体です。
半導体産業は国際水平分業の上に成り立っているため、国と国の対立でサプライチェーン分断されたり、貿易に制限がかかったりすることで、産業全体の構造が変容します。混乱の中で政府や企業はどのように対応すべきか、あるいは実際にどのように対応しているのかを調べています。
――変化が激しく、関わる要素も多い難しい領域だと思います。どのようにして全体像を捉えているのでしょうか?
常に意識しているのは、政府や企業の動きをできるだけ公平に、客観的に評価する姿勢です。日本に住んでいると、日本政府や日本企業からの視点で世界を見てしまいがちですが、それは真実の一面に過ぎません。同じ事象でも、一歩さがって複数の立場から捉えるように努めています。
たとえば、千歳で最先端の技術開発を目指すRapidus(ラピダス)は日本の国策会社であり、日本の半導体産業を復興するというミッションを掲げています。しかし、米国政府の外交戦術、あるいはIBM社の経営戦略の観点でラピダス社を眺めると、全く異なる姿が浮かび上がります。
――具体的に、どのような視点で整理されているのでしょうか?
一つの立場だけで見てしまうと全体像が歪むので、意識的に「政府」「企業」「個人」という三つの次元に分けて考えるようにしています。
まず政府では、国家安全保障や経済成長といった国益の観点で意思決定が行われます。一方で企業は、政府の思惑とは別に、それぞれの利益を追求して動いています。そして個人は、自身の幸福を追求するために、国や企業とは違った価値基準で行動します。
この三者が同じベクトルを向いているとは限りません。同じ国の中にいても、政府と企業は時に対立し、時に協調します。三者の関心のズレを念頭に置いて、少し引いた位置から国際情勢を眺めることで、世界の半導体産業が立体的に見えてきます。
――半導体領域に関心を持つようになったきっかけを教えてください。
学生時代は物理化学を専攻していました。ただ、その後は30年以上にわたり新聞記者として活動し、政治や経済、通商、外交といった分野を中心に取材してきました。科学技術の領域からは長い間、離れていたのです。
転機になったのは、2018年頃から米中の対立が深まったことでした。半導体をキーワードにして考えると、それまで個別に見ていた技術競争、安全保障政策、投資マネーの流などが、一つにつながって見えると気づきました。テクノロジーの視点から世界を読み解く必要性を強く感じるようになりました。
そこから半導体の技術の基礎を一から学び直し、研究者やエンジニア、政策当局者、企業経営者など、さまざまな立場の人たちに取材を重ねることで、自分なりに理解を深めていきました。
――専門を一度離れた領域に改めて向き合った際、新たな気づきはありましたか?
逆説的ですが、専門家ではなかったことが自分にとってむしろラッキーだったのかもしれません。私は経済記者として半導体を外側から見る立場だったので、「なぜそれが重要なのか」「それは他の分野とどう関係しているのか」といった問いを自然に持つことができました。
一般的に専門家は一つの領域を深く掘り下げていきますが、詳しくなればなるほど、逆に見えにくくなる面もあります。何も知らない状態から、恥じることなく、素朴な疑問を抱き続けることに意味があると考えています。
――そのような“外側の視点”から見て、現在の半導体産業をどのように捉えていますか?
世界の半導体産業を論じる際にも、俯瞰的な視点が求められています。たとえばエンジニアの方々に自分たちの技術の経済的価値、政治的な価値を説明してもらおうとしても、うまく言語化できない場合があります。それは表現の能力の問題ではなく、技術という枠の中で自分なりの評価が定まっているからです。
私は政府や企業に属さない一人のジャーナリストなので、政治家、官僚、経営者、エンジニアなど、それぞれの関心を想像しながら、異なる立場を行き来します。その過程で見えてきた関係性を言葉にしていくことが、半導体をめぐる世界の動きを理解する手がかりになると考えています。
――半導体というテーマに取り組む中で、現在の活動につながる転機はどこにあったと考えていますか?
きっかけはシンガポールに駐在した経験でした。日本にいると、どうしても米中関係を軸に世界を見てしまいがちですが、東南アジアの小国のシンガポールからは米国や中国、日本を等距離で観察できます。米中の対立が深まるにつれ、半導体分野でシンガポールの対内直接投資がどんどん増えていきました。そこで、半導体を通じて世界を読み解けるのではないかと思いつきました。
その後、取材を重ねてまとめた書籍を評価していただき、母校である北海道大学で講演する機会をいただいたことが、現在につながっています。
――北海道大学に戻ることを決めた背景には、どのような思いがあったのでしょうか?
大学卒業後は東京に戻り、世界を転々としていたため、長い間北海道とは距離がありました。しかし、久しぶりに訪れたとき、大学の環境や学生の雰囲気がとても印象的でした。二人の学生が自転車を飛ばしながら大声で叫んでいて、「オイ、月がめちゃ綺麗だぞ!」「オウ、そうだな!」という会話でした。自然の中で学び、素直で感性のある学生が学んでいる北大の魅力を改めて感じました。
本州から来る学生にとって、北海道は一種の「リセット」が起きる場所でもあります。自分自身も東京から札幌に来た10代の時の感覚を思い出し、もう一度新しい環境で挑戦したいと考えて、北大に移籍することを決めました。
――北海道では半導体をめぐる状況が大きく変化しています。現場ではどのようなことが起きているのでしょうか?
ラピダスの千歳進出が転機でした。2022年に会社が設立された後、直ちに工場の建設が始まり、現在10兆円規模ともいわれる投資が動いています。北海道全体に「大きな変化が起きている」という認識が急速に広がっています。
私が特に興味を抱いているのが、世代を超えた熱量の継承です。ラピダスには、日本の半導体産業の黄金期を経験した世代が多く集まっています。その昭和の猛者集団に新卒採用で令和の若い世代が加わり始めたことで、50代が持つエネルギーと経験が20代に注がれています。
北大でラピダスのトップエンジニアの方に講義していただいた際にも、日本の半導体への思いや志が熱く語られ、学生たちは身を乗り出しながら聞き入り、中には感動で涙ぐんでいる人もいました。その光景を見て、単なる知識の伝達ではなく、世代を超えて価値観や当事者意識が受け渡されているのだと実感しました。
――いまの半導体産業に必要な変革は何だと捉えていますか?
日本の半導体産業をさらに発展させていくためには、日本社会がエンジニアの価値をどのように評価できるかが重要だと感じています。米国や中国の多くの企業では、エンジニアが創出する価値に見合った待遇が提供され、組織内でも社会的にも高い地位が保証されます。単純に文系、理系と分けたくはないですが、日本社会は本当にエンジニアを大事にしているでしょうか。
半導体人材の定義そのものも広がっています。半導体企業が求めているのは、エレクトロニクスや情報科学を専攻した学生だけではありません。統計を扱う数学の人材や、エコシステムの構築に関わる人文・社会科学の知見、さらに地域開発の観点ではインフラを扱う土木や建築といった領域も重要です。
自分の専門が半導体とつながっていることに気づかない学生は少なくありません。専門の殻に閉じるのではなく、自分の価値を外側の文脈で捉え直す必要があります。学生自身の自己評価が変われば、大学と企業の間の人材の流れも変わるでしょう。大学が変わり、企業が変わり、地域社会が変わります。そして半導体産業が元気になっていくはずです。
――半導体を軸に、大学ではどのような取り組みをされていますか?
北海道大学では2025年に「半導体フロンティア教育研究機構(IFERS=アイファース)」を設立しました。特定の学部に属する組織ではなく、全学の半導体関連の取り組みを横断的に束ねる司令塔の役割を担っています。
北大には半導体そのものを扱う工学だけでなく、物性物理、材料化学などさまざまな分野に優れた研究者がいます。IFERSでは「半導体」というキーワードで異なる領域の研究を結びつけることで、斬新な発明、発見が起きると考えています。研究体制の強化、企業や地域との連携、そして教育・人材育成について新たな取り組みを進めています。
――そうした中で、大学や組織はどのような役割を果たすべきだとお考えですか?
大学は単独で役割を果たせるとは限りません。産業や地域のエコシステムの中でこそ力を発揮できると考えています。ヒト、モノ、カネ、情報が自然に集まる、自由で開放的な広場のような空間であるべきです。
半導体分野の企業は秘匿性が高く、外部との接点を持ちにくい構造になっています。大学が企業に門戸を開き、共同研究や人材交流の機会を増やせば、新しい産学連携の形が生まれるでしょう。IFERSがその入口となり、具体的な研究テーマが定まる前の段階から企業を支援して伴走する形になればよいと考えています。
明治時代にクラーク博士が米国から寒冷地農法を伝えたことで、北海道で農業革命が起きました。いま半導体を起点に、同じような地殻変動が起きると感じています。北大は「Second Ambitious Challenge」を掲げ、半導体が大学を変え、大学が地域を変えていくシナリオを描いています。
――北海道大学という環境だからこそ実現できる研究は何だと考えていますか?
学術面での北大の研究活動の特長は、多様な実証フィールドを持っている点にあります。半導体は単体で完結する技術ではなく、どのような用途の中で使われるかによって価値が決まります。具体的な利用シーンと結びついた形で研究を進めるスタイルが北大の大きな強みです。
例えば、農業用AIに特化したチップ開発といった取り組みが考えられますし、実際に自律形ロボットを活用したスマート農業で世界の最前線を進んでいます。医療への応用でも目覚ましい成果を上げています。
こうした現場での実証研究の伝統と実績の上に立ち、さまざまな分野の研究者が半導体の視点を取り入れることで、異次元の半導体イノベーションが生まれると思います。
――北海道では産学官が連携しながら新しい動きが生まれていますが、こうしたイノベーションを生み出す上で重要な点を教えてください。
重要なのは、個々の取り組みを点で終わらせず、面として広げていくことです。ラピダスも、それ単体では一つの拠点にとどまってしまいますが、大学や関連する企業、インフラと結びつくことで産業としての広がりが生まれます。
現在、「北海道バレー構想」と呼ばれる動きがあり、2027年に向けてさまざまなプロジェクトが進行しています。2ナノ半導体の量産に加えて、海底ケーブルの整備やデータセンターの建設、再生可能エネルギーの活用など、デジタル産業の集積地を形成しようとしています。
こうした要素が相互に接続されながら機能することで、初めて一つのエコシステムとして立ち上がっていくのです。
――そうした流れの中で、RISE-Aにはどのような期待をされていますか?
RISE-Aには、分野や立場をまたいだ関係性を築く役割を期待します。半導体産業は裾野が広く、異なるプレイヤーが異なる領域で活動しているため、互いの接点が見えにくい面があります。誰と誰がつながればよいか、どのような組み合わせが新しい可能性を生むのかといった点を踏まえて、人や企業をつなぐ場が必要です。
RISE-Aがファシリテーターとして、東京だけでなく北海道でも継続的に機会をつくることで、さまざまな人が出会い、新しいビジネスや取り組みが生まれていくことを期待しています。
――最後に、これから半導体やRISE-Aに関わろうとしている方に向けてメッセージをお願いします。
いまの半導体産業に関わる人たちには、共通した空気があります。それは「ワクワク感」です。サプライヤーやファウンドリー、大学など、それぞれの立場で変化が起きていることを実感しています。一方で、ユースケースはまだ十分に集められているとは言えません。農業や医療だけでなく、海洋、宇宙、交通、輸送、学び、エンタテイメントなどさまざまな分野に潜在的な需要があります。
だからこそ、多様な人が関わり、議論し、試していくことが重要になります。RISE-Aのような場が機能することで、新しいアイデアや連携が生まれやすくなるはずです。

太田 泰彦 Yasuhiko Ota
現職・役職
北海道大学 大学院工学研究院 教授
略歴・キャリア
先端テクノロジーをめぐる国際情勢、科学技術政策など、主に理系の大学院生を対象としたリベラルアーツの講義を担当しています。また、2025年4月に設立したフロンティア教育研究機構(IFERS)の戦略室で、大学全体の半導体戦略と次世代の人材育成の企画立案に携わっています。
前職は日本経済新聞の編集委員・論説委員で、国際報道のジャーナリストとして約30年活動し、25年3月まで国際問題に関する社説や一面コラム「春秋」を執筆していました。21年に出版した「2030 半導体の地政学」は、台湾、韓国などでも翻訳版が刊行され、半導体をめぐる様々な時事問題について日本からの発信を続けています。