2026年01月30日
プロセス技術,スタートアップ,スタートアップ/ベンチャー企業
研究者として技術の最前線に立ち、戦略コンサルタントを経て、現在はベンチャーキャピタル(VC)である東京大学エッジキャピタルパートナーズ(以下、UTEC)でスタートアップへの投資に携わる戸田氏。領域を越えて歩んできたそのキャリアには一貫して、「技術をいかに社会へ届けるか」という問いがありました。多様な立場と向き合う中で、戸田氏は半導体業界に何を感じ、RISE-Aにどんな未来を見ているのか。研究者、経営者、企業、スタートアップが交差する視点から、その可能性を探ります。
――まずは、戸田さんのこれまでのキャリアについて教えてください。
学生時代は、東京大学の博士課程で化学を研究し、アンモニアを石油に代わる次世代エネルギーとして社会実装することを目指していました。背景にあったのは、オゾンホールという地球規模の環境問題が国際的な枠組みと技術開発によって、解決に向かったという事例です。地球温暖化も、エネルギー源そのものを変えることで解決できるのではないか。そう考え、起業も視野に入れて研究に取り組んでいました。
しかし、技術的な難しさに加え、大手企業が保有する特許の壁などがあり、単一の研究室や組織で推進することには限界も感じていました。そこにコロナ禍が重なり、研究室にも足を運べなくなる時期もあり、起業以外の道を現実的に考えるタイミングでもありました。
その中で、周囲を見渡すと、社会実装されるべき優れた技術が数多く存在しているにもかかわらず、技術と経営をつなぐ「橋渡し人材」が圧倒的に不足していることに気づきました。そのような背景から、自身にビジネスの知識を身に着けることも必要だと感じていたため、新卒で戦略コンサルティングファームへ入社しました。
――戦略コンサルファームを経て、なぜVCというキャリアを選んだのでしょうか?
新卒で入社した当初はVCで働くことは想定していませんでした。入社した戦略コンサルティングファームでは、プロフェッショナルとしてビジネス知識のみならず仕事に対する姿勢を含め多くのことを学びました。今の自分がこのような仕事を行えているのは前職のおかげと心から感謝しています。前職では、PEファンド向けのデューデリジェンス、つまり企業買収時に事業の将来性やリスクを検討する業務を担当していたのですが、その過程でファンドが持つ選択肢の広さを知りました。
経営や事業構造を最適化し、企業が新たな形で市場と向き合えるよう支援する。同じような座組で、優れた技術をファンドの立場から支援し、上場や社会実装へと導けるのではないかと考えるようになりました。
――数あるVCの中から、ディープテック領域のスタートアップ支援を行うUTECを選んだ理由を教えてください。
技術と資金を循環させる取組みを行っていることが大きな理由でした。
かつて世界トップクラスだった日本の科学技術力も分野や指標によっては、国際的な学術誌における存在感が相対的に低下してきていると感じています。その要因の一つが、海外と比べた1人当たりの研究費の少なさと考えています。一部の大学や研究分野では、限られた予算と人員のもと、いまだに老朽化した設備をうまく活用しながら研究を続けている研究者も多くいます。
一方、アメリカを始めとした国々では寄附等を通じてアカデミアの研究基盤を支えるエコシステムが存在します。あまり公開していませんが、UTECも、投資によって得たリターンの一部を大学に寄附という形で研究者に資金を還元しており、研究基盤を支えるというUTECのポリシーに強く共感しました。
実は、私自身が博士課程に起業するための研究費として受け取っていたリーダー博士人材育成基金もUTECの寄付金が原資であったことを入社直前で知りました。特に若手への研究費が不足している状況において、科研費などの競争的資金に加えて、民間から資金を循環させる取り組みは必須だと感じています。
加えて、学生時代に起業を検討していた頃、VCからの資金調達も視野に入れており、UTECの短期インターンに参加していました。そうしたご縁も重なり、2023年にUTECへ転職しました。
――現在はどのような領域を担当されているのでしょうか?
現在私は、UTECにて主にハードウェア領域の投資及びバリューアップ支援を担当しています。ロボティクス、再生可能エネルギー、宇宙など幅広い分野を見ていますが、直近特に注力しているのが半導体領域です。
半導体は、AI、ロボティクス、宇宙開発など、あらゆる産業の根幹を支える重要な技術です。同時に、日本の大学や研究機関が依然として高い競争力を持つ領域でもあり、パワー半導体やLEDなど世界をリードする技術が数多く存在します。
こうした「産業全体を支える重要性」と「日本の技術的優位性」が交差する半導体領域は、社会実装に向けた支援を行ううえで一丁目一番地のテーマと感じています。
――戸田さんが考える、橋渡し人材の役割を教えてください。
多くの技術が社会に出る前に止まってしまうのは、事業化へつなぐ「橋渡し役」が不足しているからと考えています。大学には優れた技術がありながらも、法人も資金計画もない段階では、経営者が参画するハードルは高い。そこで、会社という「器」を用意し、事業計画を作成し、市場性の仮説を立てていきます。
昨年立ち上げを支援したスタートアップでは、私自身が海外に赴いて現地でヒアリングを行い、「この技術がこの市場で勝てる」という確信を得たうえで経営者候補の方に声をかけ、経営者に参画いただきました。
さらに、研究者や大学、起業家それぞれが持続的に連携できるようなインセンティブを正しく設計することも重要です。リスクを取る経営者には適切な報酬と株式を、技術を生んだ教授には社外取締役として関与いただき、一定の株式を持ってもらう。関係者全員が納得し、前向きに協働できる関係性を設計し、技術と経営、そして未来をつなぐ。その橋を築くことが、橋渡し人材の役割だと思っています。
――そうした活動の中で、半導体業界のスタートアップの現状をどう見ていますか?
半導体のスタートアップを取り巻く環境は、この1〜2年で明確に潮目が変わったと感じています。というのもスタートアップ全体としての資金調達の勢いは一時期に比べて落ち着いていますが、VCあたりのファンド規模が拡大し、1社あたりの投資額も増加している印象を持っています。
また、プロフェッショナルな経営者が科学技術系のスタートアップに参画するケースも増え、半導体領域においても、数十億円規模の資金調達を実現する事例が出てきました。
現段階では、資金や人材がスタートアップに流れ込み、着実に芽が育ちつつあるフェーズといえるかもしれません。今後、半導体領域は売上成長や技術の事業化を通じて、より多面的な評価が進んでいくはずです。これからの数年で、上場や大型のM&Aといった動きが現実味を帯びてくるスタートアップも出てくると期待しています。
――スタートアップが果たすべき役割をどのように考えていますか?
今の半導体業界では、大企業が担うべき領域と、スタートアップだからこそ挑戦できる領域の線引きが、まだ十分に整理されていないと感じています。たとえばロジック半導体の微細化やシリコンウエハの製造などは、長年研究開発を行ってきた大企業の得意領域です。
一方で、二次元材料といった次世代材料など、従来のプロセスの前提を覆す技術には、これまでとは全く異なる発想と開発体制が求められます。長く既存プロセスを前提に最適化してきたプロダクトやプロセスほど、切り替えるのは簡単ではありません。私は、この“断絶”が生まれる局面にこそ、イノベーションが必要であり、スタートアップの必要性があると考えています。
これまで日本では、大学や研究機関で生まれた技術は、大企業との共同研究を通じて社会実装されるケースが一般的でした。ただこのやり方では、互いのリソースに制約があり、技術の社会実装が想定以上に遅れてしまうことも少なくありません。
しかし近年では、技術をまずスタートアップで磨き上げ、その後に大企業がM&Aや事業連携で取り込む流れが増えてきています。イノベーションを外に求め、それを自らの成長エンジンにする。この戦略的な姿勢が、大企業の中でも現実的な選択肢になりつつあると感じています。
――半導体業界のディープテックに挑戦するスタートアップが抱えている課題は何だと捉えていますか?
大きく分けて「人材」「設備」「事業連携」の3つがあります。
まず、スタートアップにおいて最も重要である人材の課題です。スタートアップの経営陣を担う知見やスキルセットをお持ちである半導体産業に長く携わっている方は、多くが責任ある立場にあり、例えば、来月からスタートアップに着任いただくケースは現実的ではありません。そこで、アドバイザーや業務委託としての参画など、より柔軟な関わり方を設計することも必要だと考えています。
次に、特に半導体領域で課題となる設備の問題です。新品の装置は納期が1年半かかることも珍しくありません。多くの場合、スタートアップは1年半から2年に一度資金調達を行いますので、次の調達までに装置が届かない可能性もあります。その間に資金が尽きてしまい、装置が届いた頃には事業継続が困難になるリスクすらある。そこで調整しているのが、企業の遊休資産をリースや低価格で活用する取り組みです。使われていない装置をスタートアップ循環させることで、スタートアップの初期コストとスピードの課題を同時に解決できると考えています。
最後が事業連携の課題です。半導体スタートアップ単体でチップやモジュール等を工場で量産する体制まで担うには、巨額な資金と膨大な時間が必要です。国内外に拠点を持つ既存のプレイヤーと事業連携を通じて、ノウハウの共有やサプライチェーン上の連携は今後半導体スタートアップが短期間で大きな企業価値を創造する上で極めて重要と考えています。
この「人材」「設備」「事業連携」の三要素を好循環で回すことが、半導体スタートアップのさらなる成長につながる。そしてRISE-Aは、こうした課題の接続点になり得る場だと感じています。
――RISE-Aのエバンジェリストとして参画された背景を教えてください。
私自身、半導体のプロセスを研究した経験があるわけではありませんが、RISE-Aのイベントや勉強会に参加し、現場で学びながらスタートアップの立ち上げに関わり、VC向けの勉強会を開催することで共創の輪を広げていきたい。そうした思いから参画しています。
宇宙業界では、まだ大きな上場事例がない段階からVCファンドが積極的に投資を行い、スタートアップが次々と生まれました。いまや宇宙戦略基金により多くのスタートアップが事業開発機会を獲得し、国防や産業構造を変えるような成長を遂げつつあります。
これは、三井不動産が主催する「cross U」という宇宙産業コミュニティが、それぞれのステークホルダーを繋ぐプラットフォームとして機能していることも重要なファクターであると考えています。若い世代も含めて多くの人が集まり、宇宙に関係のなかった企業まで巻き込みながら良い循環を生んでいます。
半導体業界も、次世代半導体の開発・製造を目指す「Rapidus」を中心とした国内の基盤形成も進みつつありますが、そこにスタートアップという「加速装置」が入ることで、産業全体が一気に動き出す。RISE-Aには、まさにその土台になる可能性を感じています。
――戸田さんは、日本の半導体業界が持つ課題をどう捉えていますか?
企業秘密であるコア技術の秘匿化は当然必要ですが、それを理由に情報を閉じすぎることの業界全体の閉塞感を感じています。1つの企業単体では解決できない技術課題が増える中で、企業と大学、企業とスタートアップが最低限の課題認識や新しい情報を、常に共有していく場が必要と考えています。
海外の半導体スタートアップへの投資検討を行った際には、その国々で機密に踏み込まない範囲で、直近の動向や課題感をカジュアルに共有するエコシステムが存在していることに気づきました。実際、半導体製造企業のキーマンから、企業側が抱える課題を把握し、共同研究契約や初期的な販売契約に向けた開発要素などを事前に整理できているケースをいくつも目の当たりにしました。このようなエコシステムが今の日本にはあまり根付いておらず、オープンイノベーションが起きにくい構造になっていると感じています。
――その課題に対して、RISE-Aはどのような役割を果たすと考えていますか?
中立的な立場であるRISE-Aが運用する半導体コミュニティは、カジュアルに情報交換するエコシステムとして重要な立ち位置を担っていると感じます。私もRISE-Aで出会ったスタートアップや企業の方と、通常の面談ではお話しできない実情や課題について話すことができています。形式張らない対話の中で信頼が生まれ、情報が動き始める。そこに、RISE-Aならではの価値があると思います。
そして最も大切なのは、これまで半導体に関わりのなかった人をどう巻き込めるかです。半導体の技術の詳細などは確かに複雑ですが、一定の知識があれば十分に関われる領域でもあると実感しています。そうした「入り口」を開くことこそが、RISE-Aが担うべき役割だと考えています。
垣根を越えた「開かれた共創の場」として、RISE-Aを起点に半導体に限らず幅広い人材が交わり、新しいつながりが生まれる場になると期待しています。

――「開かれた共創の場」の先には、どのような未来を描いていますか?
RISE-Aに期待しているのは、単なる情報交換をするといったコミュニティとしての役割を超えた「ハブ」としての機能です。たとえば都内に実験拠点を持ち、初期の技術検証やオープンイノベーションが自然に生まれる場をつくれないかと考え、RISE-Aの方と議論しています。
ライフサイエンス分野では、同産業の支援コミュニティとして設立した「LINK-J」を起点に都内に複数のラボが整備され、バイオ系スタートアップがそれらを活用しながら成長しています。半導体でも、注力する領域を見極めつつ、装置や研究環境を備えた拠点が都心に点在していけば、優秀な人材が集まり、次の挑戦が生まれる土壌になるはずです。
世界最大級の半導体研究機関である「IMEC」はベルギーに拠点を置きながら、ヨーロッパ各国の技術を束ね、世界中の研究者が集まる場として機能しています。同じように、日本をハブとして多様な国や分野の技術者が交わる場所ができれば、RISE-Aは「人が集まるコミュニティ」から「技術が循環するエコシステム」へと進化できる。そんな未来を描いています。
――最後に、RISE-Aを通じて戸田さんが実現させたいことを教えてください。
すでにRISE-Aやその周辺のエコシステムの広がりの中で、新しい挑戦者が少しずつ現れ始めています。そうした動きを後押しするためには、もともと半導体に明るくなかった企業やVCを始めとした投資家を巻き込むことで、さらに拡大していくはずです。
実際、宇宙領域ではこうした連携が機能し、さまざまなフェーズで多くの企業が投資に参加し、スタートアップの上場という成果へとつながりました。未上場フェーズにおけるスタートアップへの投資は、最終的に関わったすべての人が報われる“共創”の仕組みだと私は考えています。
だからこそ、半導体領域においても、国や業界が一体となっていくつかのスタートアップを本気で支援し、成功事例を生み出していくことが大切です。それが連鎖的に新たな挑戦者を呼び込み、エコシステム全体をさらに大きく成長させる原動力になる――私自身も、その循環をつくる一人として、VCという立場を超えた役割を果たしていきたいと思います。
戸田 広樹 Hiroki Toda
現職・役職
株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ 投資部 プリンシパル
略歴・キャリア
2023年5月よりUTECに参画。主に半導体、ロボティクスを含むフィジカルサイエンス領域の投資及びビジネスのサポートを担当。東京大学工学部卒、同大学院工学系研究科博士課程修了。研究テーマはアンモニアの酸化反応であり、Nature Chemistry誌に第一共著者として論文を投稿。工学系研究科長賞(研究)を受賞。