2025年11月13日
セキュリティ,スタートアップ,半導体・電子部品関連,ファブレス半導体企業
「半導体業界には、RISE-Aのような場所が必要だ」
そう語るのは、技術者としてキャリアをスタートし、戦略立案や市場分析を経て、いま再び半導体技術の最前線で挑む、Fortaegis Technologies(以下、Fortaegis)・杉山和弘さんです。
垂直統合モデルの限界、経済安全保障上の課題やAIの急速な進展……。変わり続ける時代を捉え、新たな可能性を切り拓く杉山さんの歩みから、RISE-Aが担う役割と、半導体産業の今と未来をひもときます。
――杉山さんは半導体業界の第一線で20年以上ご活躍されていますが、学生時代からこの道を志していたのでしょうか?
実は、全く思い描いていなかったキャリアなんです。大学では電気電子工学を専攻し、特に物理学系の研究室で電磁誘導などを研究していました。当時はちょうどリニアモーターカーの試作車が走り始めた時期だったこともあり、漠然と鉄道や電力会社のようなインフラ企業に入りたいと考えていました。
ただ、2000年頃は就職氷河期のど真ん中。希望の会社は採用数も少なく、かなりの狭き門でした。そこで、手に職をつけたいという思いからメーカーに視野を広げ、最初にご縁があったのがNECです。
正直に言うと、半導体への情熱よりも、「大企業に入り、やりたいことは後から見つけよう」という保守的な考えと「早く就職活動を終えて、残りの学生生活を満喫したい」という気持ちが先行していた大学生でした。
――半導体の設計に携わることになった経緯を教えてください。
入社後に配属されたのが半導体部門でした。最初に担当したのは、当時最先端だった「SoC(システム・オン・チップ)」という大規模な半導体の設計です。
幸い、大学でVHDLという設計言語を学んでいた経験があったので、地デジ移行期のデモ環境づくりや映像系チップの設計など、大きなプロジェクトに関わることができました。NECでは入社後半年間は手厚い研修があり、そこで技術者としての土台をしっかりと作ってもらえたのも大きかったです。

――当時の日本の半導体業界は、どのような状況だったのでしょうか?
2010年頃は、私にとっても日本の半導体産業にとっても、大きな転換期でした。会社の事業統合の影響で、私が所属していた事業が解体されることになったんです。その背景には、日本の電機メーカーが抱えていた構造的課題がありました。
そのひとつが「投資不足」です。本来、新しい技術や製品を生み出すには、研究開発(R&D)への継続的な投資が欠かせません。ところが日本では、海外勢の急速な台頭やそれに伴う売上の減少によって、十分な投資が進まない状況に……。その結果、家電メーカーの国際的なプレゼンスが弱まるという悪循環が生まれました。
さらに、「ビジネスモデルの転換の遅れ」もあります。世界では半導体の設計と製造を分ける「水平分業」が主流となる一方、日本は自社ですべてを担う「垂直統合」モデルから抜け出せずにいました。
また、いいものを作れば売れるという「オーバースペック傾向」も強かった。必ずしも顧客が求めているとは言い切れないような高機能・高品質を追い続ける姿勢が、市場の変化に対応しきれない要因になっていました。
逆風が吹き、事業の先行きが厳しくなる中で、私が気がかりだったのが仲間の存在です。「このチームをここで終わらせたくない、何とかしたい」という一心で、自ら新規事業を企画し、経営陣に何度も提案書を持ち込みました。
――その行動が、キャリアシフトのきっかけになったのですね。
何度も諦めずにトライするうちに、企画と熱意を面白がってくれる人が現れ、「事業戦略をやってみないか」と声をかけてもらいました。そこから市場を分析し、データに基づいて会社の戦略を描くという立場にシフトし、新しい視点の面白さに引き込まれていきました。
もちろん、最初から順調だったわけではありません。技術畑から転身した当初は経営の“いろは”が分からず、挫折も味わいました。情熱を込めて新規事業をプレゼンしても、上司が見るのはコストや人件費ばかり。電卓を手に取り、「この数字、合わないな。帰れ」と言われた日もありました。
夢だけでは事業は動かない。数字で語れなければ何も始まらないと痛感し、そこから会計や経営を徹底的に学びました。あの悔しさが、今の自分の礎になっています。
――事業戦略から、さらに広い視点で市場を分析するアナリストへと転身された経緯を教えてください。
事業戦略担当として経験を積むうちに、より客観的でグローバルな視点から業界を分析したいという思いが芽生えてきたんです。そこで2016年にIHSマークイットへ移り、半導体市場の専門アナリストとして、国内外の企業の分析とコンサルティングを担当しました。
その後はオムディア(OMDIA)でAPAC地域のコンサルティング事業を統括する立場となり、世界中の企業の動きや各国の政策を俯瞰できる環境に身を置くことに。業界全体のうねりを肌で感じるようになりました。
――グローバルな市場分析の世界から、なぜ再びものづくりの、しかもスタートアップへジョインされたのですか?
決断の背景には“技術との再会と新しい課題への挑戦”がありました。長く業界を分析する中で、米中対立を背景とした経済安全保障や、現在の暗号技術を無力化する可能性のある量子コンピュータなど、業界を取り巻く環境が変わり始めたのを感じていました。
そんなとき、私がかつてセキュリティ事業をしている中で、興味を持っていた技術である「PUF技術(Physical Unclonable Function)」を社会実装し、これらの課題を解決しようとしているオランダのスタートアップ、Fortaegisと出会ったのです。PUF技術とは、半導体チップが生まれながらに持つ“指紋”のような個体差を利用したセキュリティ技術のこと。「これは面白い、絶対やりたい」と即決でした。
――安定志向だった学生時代の杉山さんが知ったら、腰を抜かすような決断だったかもしれませんね。
そうかもしれません。ただ、私がこの挑戦を決意できたのは、Fortaegisが、私の内にあった“保守的な自分”と“挑戦的な自分”の両方を満たす、稀有な存在だったからです。
まず、保守的な自分にとって、その盤石なガバナンス体制は大きな魅力でした。欧州、米国の元政府関係者や著名なコンサルタントが経営を固めており、スタートアップでありながら、安心して飛び込めるだけの基盤があったんです。
一方で、経験を積み、新しい目標を追い求めるようになっていた自分にとって、グローバルな環境のもと日本法人をゼロから立ち上げ、経営を経験するのは、絶好の機会だと捉えました。海外で得た成功体験を次の世代の日本に還元できることも、挑戦の背中を後押ししました。
――Fortaegisの取り組みや技術について、詳しく教えてください。
Fortaegisは半導体のセキュリティにおいて「鍵を書かない、持たない」を掲げる、ファブレスのスタートアップです。
従来の半導体セキュリティは、特定の機能やデータへのアクセス許可証となる鍵、つまりパスワードのような暗号情報を、工場でチップに物理的に書き込んでいました。 しかし、この方法では鍵情報が盗まれるリスクが常にあり、ユーザーはその鍵を厳重に管理し続けなければならないという課題がありました。
Fortaegisは、PUF技術を用いて、半導体が製造工程で自然に持つ、物理的な個体差そのものを利用します。鍵を持たないため、盗まれる心配がありません。これにより、セキュリティレベルが向上するだけでなく、複雑な鍵管理から解放され、製品の総所有コスト(TCO)を大幅に下げることができるんです。
こうしたPUF技術によって、正規のチップだけを識別する基盤が整うため、ソフトウェアの安全なアップデートが可能になります。これは、半導体業界にとって大きな意味があることなんです。これまで、販売して終わりだった「売り切り型」のビジネスモデルから、継続的に価値を提供する「サブスクリプション型」となり、技術とビジネスの両輪で業界内に大きな影響を与えると感じています。
――Fortaegisではどのように活動されているのでしょうか?
私はFortaegisの日本事業の責任者であるVP(ヴァイス・プレジデント)として活動しています。
現在、日本でビジネスの実務を担う社員は私一人。サポートをしてくれる国内メンバーはいますが、基本的にはオランダのチームと連携しながら、戦略立案から営業、市場開拓まで、日本事業の立ち上げに関する全てを担っている状況です。
Fortaegisには情熱的な人が多く、自分たちの技術で世界を変革しようという熱意に満ちたプロフェッショナルばかりです。社内は常にお互いへの高い期待値があり、誰もが当事者意識を持って、率先して課題に取り組もうとします。刺激的であると同時に、プレッシャーのかかる環境でもある。時には、国内のメンバーとワイン片手にミーティングをして、ガス抜きをすることもありますよ。
――多角的な経験を積んでこられた杉山さんは、半導体産業の現状をどのように捉えていますか?
まず現状として、半導体の重要性はかつてないほど高まっています。政府も半導体を「産業のコメ」と重要視し、大規模な公的支援を打ち出しました。こうした背景には社会の認識を大きく変えた2つの出来事があります。
まず、コロナ禍によるパンデミックの影響です。世界的な半導体不足によって自動車や家電が手に入りにくい事態が発生し、サプライチェーンの脆弱さが一気に顕在化しましたよね。その結果、半導体が水や電気と同じように、社会を支える重要なインフラであることを多くの人が実感しました。
さらに、AIの急速な普及です。生成AIなどの登場によって誰もが人工知能に触れられるようになり、その“頭脳”である高性能半導体の存在が一気に身近なものになりました。
――変革期にある日本の半導体業界において、今後どのような取り組みが求められますか?
「使い手が使い倒すこと」が、今後の日本の半導体産業にとって欠かせないと考えています。
ここで言う“使い手”とは、自動車メーカーや産業機器メーカーなど、半導体を製品やサービスに組み込み、新しい価値を生み出す企業のことです。特に、自社で大きな経済圏を持つ企業が半導体をうまく活用し、付加価値を高めることができれば、半導体メーカーへの投資や技術革新が進み、産業全体に良い循環が生まれていきます。
ただ、そうした企業が「自社専用の半導体を作りたい」と思っても、すぐに実現できるわけではありません。その設計を専門に請け負ってくれるファブレスの設計会社が、エコシステムとして機能することが理想です。米国のように、ユーザー企業の持つ優れたコンセプトを形にする設計パートナーが増え、充実していくことが、今後の日本の成長を左右するポイントになるでしょう。だからこそ、工場のような“ハコモノ”の準備と並行して、ユーザーが作りたいものを形にできる設計インフラを強化し、そのための人材を育てることが重要になるのです。
――「使い手」を育てるには、設計インフラの強化など、もう一段階深い取り組みが必要なのですね。
この循環を後押しするもう一つの要素が「つなぐ力」です。これまでの日本では、材料や装置メーカー、半導体メーカー、そして最終製品をつくる企業が、それぞれ個別に動いており、連携が弱いという課題がありました。産業全体を底上げするためには、これらの異なるプレイヤーをつなぎ、新しい価値を共創するハブのような存在が不可欠になっています。
――RISE-Aにはどんな役割を期待されていますか?
RISE-Aが、産業の壁を越えたイノベーションを加速させる、開かれた「場のOS」になることです。PCのOSがメーカーの異なる多様なハードウェア(機器)を接続し、アプリケーションが動く基盤となるように、RISE-Aは、産業や所属の垣根を越えた多様なプレイヤー(=ハードウェア)が安全に出会い、繋がるためのプラットフォームとして機能します。
この「OS」が提供する共通の仕組みと信頼関係(プロトコル)の上で、参加者たちは円滑に「協業」し、単独では生み出せない新しい価値やビジネス(=アプリケーション)を共に興すのです。業界全体の「OS(オペレーティングシステム)」のように機能し、人・技術・ビジネスを集約して発信する、日本橋発の新たな拠点になってほしいと願っています。
こうした未来志向の役割を持ちながら、参加しやすい価格帯で、しかも東京の一等地で実現できる場所は、他に見当たらないのではないでしょうか。個人や1社だけでは解決できない大きな課題に対して、オープンな場で協業を促し、業界を横断した交流を通じて、全体を俯瞰できる次世代の人材を育成する。そんな場所にしていきたいです。
――杉山さんご自身の夢について、お聞かせください。
個人的には、いつか南の島でヨットを楽しみながら、のんびり過ごしたいですね(笑)。
仕事人としてはFortaegisの事業をしっかりと広げ、社会に役立つ技術を届けたいという大きな夢があります。AI・セキュリティ・宇宙が新しい産業の軸となる今、“安全安心なものづくり”という日本の強みを活かす絶好の機会です。その中で、経済安全保障やポスト量子といった不可欠な技術を、誰もが使える形にして社会に届けるのが私の役割だと考えています。
――半導体業界には、どのような方が向いているとお考えですか?
今は技術が高度で複雑になり、多様なプレイヤーが力を合わせることで大きな価値を生む時代です。必要なのは、人と人、技術と技術、事業と事業……と、さまざまなものをつないでいく力。だからこそ、積極的に人と交流し、分野の垣根を越えて関わっていけるような方にとって、最高の舞台だと思います。
AIの普及により、半導体の重要性を感じながらも、「どこから学べばいいのか」と、第一歩をためらっている方も多いかもしれません。そんな方にこそ、RISE-Aのような場を気軽に訪ねてほしいですね。ここは多様な専門家と繋がり、学べるオープンな環境です。私を含め、皆さんの疑問に答えてくれる誰かが、きっと見つかります。
――最後に、次世代の半導体業界を担う方や興味を持った方々へ、メッセージをお願いします。
半導体は2030年に150兆円規模に達すると予測される、数少ない右肩上がりの成長産業です。国内では北海道で大規模なプロジェクトが始まったり、熊本に世界的な半導体メーカーの工場が誘致されたりと、業界全体が大きく動き、挑戦できるフィールドは確実に広がっています。
これからの時代、半導体は単なる部品ではなく、ビジネスの価値を左右する「利益の源泉」へと変わっていくはず。このダイナミックな世界に、一人でも多くの方が飛び込んできてくれることを願っています。

杉山 和弘 Kazuhiro Sugiyama
現職・役職
Fortaegis Technologies Japan Vice President
略歴・キャリア
1977年生まれ。2000年にNECへ入社し、2010年にルネサスエレクトロニクスへ転籍する。LSIの製品設計からSoC事業設計、マーケティング、事業戦略の立案・実行支援を経験。2016年にIHSマークイットへ参画。半導体市場分野の分析を専門に、日本および海外企業の分析やコンサルティング業務を担当。オムディア(OMDIA)のコンサルティングディレクターへ就任したのち、APAC地域の半導体市場におけるコンサルティング事業を統括。日本、韓国、台湾、中国、新興国を対象とした市場調査や新市場開拓を幅広く手がけた。現在はFortaegis Technologies JapanのVice Presidentとして、半導体分野における事業推進に携わっている。