2025年09月10日
AI&データ,量子コンピューティング,スタートアップ,半導体メーカー(IDM)
半導体を核に多様なプレイヤーを結びつけ、新しい共創を育む産業支援コミュニティ「RISE-A」。ここでは世代や立場を超えた出会いが生まれ、未来のイノベーションへとつながる機会が広がっています。
この取り組みに共鳴し、つながりを紡ぐエバンジェリストとして活動をともにするのが、EmotionX代表の吉水 康人氏です。なぜ吉水氏はRISE-Aに参画し、そこからどんな未来を描こうとしているのか。本記事では、その歩みとビジョンを通じて、“人と産業の新しいつながり”がもたらす可能性に迫ります。
――まず、吉水さんが半導体に関わるようになったきっかけを教えてください。
私は大阪出身で、大学では現在の大阪公立大学(旧・大阪府立大学)の工学部で、物質系を専攻していました。有機化学や高分子化学、電気化学といった“化学寄り”の領域が中心で、それらを得意としていました。ただ、「物質物理」だけはどうしても苦手だったんです。
数式が多く、逆格子空間など聞き慣れない概念に戸惑い、理解が追いつきませんでした。
そこで、大学4年の研究室を選ぶとき、「苦手を残したままでは終われない」と思い、あえて一番苦手な分野を扱う研究室を選びました。その世界こそが、半導体につながるマテリアルサイエンスだったんです。
――苦手な領域をあえて選択するのは、相当な挑戦ですね。
自分でも“ドM”だと思います(笑)でも、その背景には地元・岸和田の「だんじり祭」の文化があると思っています。
祭の当日は朝3〜4時に起きて神社に集合し、6時から夜10時まで、ひたすら町を走り続けるんです。最初の10分で体力の限界を迎えて、そこからは気力だけで走る。もう7時ごろには意識が飛びそうになりますが、それを夜の10時までやりきるんです。
この限界を何度も超える体験をしてきたことで、「やったらできる」という精神が身につきました。だからこそ、苦手なものを残したままにするのが嫌だったんです。
――そうした経験をもとに、当時は将来のキャリアについて、どんな考えを持っていたのでしょうか?
所属した研究室は学会発表に積極的で、全国の学生と出会う機会が多くありました。発表の後には交流の場があり、同世代の仲間と「就職どうする?」「博士課程に進む?」と語り合うのが本当に楽しいと感じていました。
そうした人との出会いから刺激を受け、「将来は学位を取ってアメリカに渡り、Intelのようなグローバル企業で働きたい」と思うようになりました。しかし、親の「早く社会に出てほしい」という願いもあり、悩んだ末に国内で就職する道を選びました。
――その中で、東芝の半導体部門を選ばれた理由は何だったのでしょうか?
学会で見た東芝の発表は、活動内容のレベルも非常に高く、人の魅力も感じられました。「国内で挑戦するならここしかない」と確信し、入社を決めました。
ただ正直に言うと、当時から“半導体という技術”そのものに特別な執着があったわけではありません。私が惹かれたのは、業界そのものの面白さです。半導体業界は情報管理が厳格でありながら、コミュニティの場では何百人もの人が自由に語り合い、未来を真剣に議論している。その姿に大きな魅力を感じたんです。
そして何より、先人たちの知恵に出会えることが財産でした。「温故知新」という言葉が好きで、自分が考えることは必ず誰かが考えている。その人を見つけ、つながることで新しい視点が広がるんです。
振り返ると、私は常に「知らない誰かに出会い、知らなかった価値観に触れる」ことを生きる目的にしてきたのだと思います。
――EmotionXを立ち上げた背景について教えてください。
東芝の半導体部門でキャリアをスタートし、ウェハ大口径化や3次元メモリの立ち上げなど先端技術の開発に従事しました。その後は、事業の長期ロードマップ策定やキオクシアのリブランディングにも携わり、技術とマネジメントの両面から業界に関わってきました。
近年は、起業家精神を持つ人材をサポートしながら新規事業の開発を推進。しかし、さまざまな要因が重なり仲間が思うように挑戦を続けられない状況が続き、「自分が責任を持ってやり抜くしかない」と決意して、2025年6月にEmotionXを設立しました。
――主にどのようなテーマに取り組んでいるのでしょうか?
私たちが手がけるのは、「コンフィデンシャルコンピューティング」です。簡単に言えば、「データを見せずに、安全にAI処理や計算に活用できる仕組み」をつくっています。
AIやクラウドを使うとき、どうしても個人や企業の機密データを外部に預けなければなりません。しかし、その中には思想や知識、金融資産に関わる重要な情報が含まれるため、データを見せないまま活用する技術が必要になるんです。
大手クラウド事業者もすでに取り組みを始めていますが、量子計算技術の進化によって、現行の仕組みでは安全性を担保できない懸念があります。EmotionXは、量子コンピューター時代を見据えた新しい暗号基盤を構築し、より強固なプライバシークラウドサービスを提供していきます。
――EmotionXの技術は、社会や生活にどのような変化をもたらすのでしょうか?
いまの社会は「情報が見えすぎていて、むしろ使いづらい」と感じています。例えば深夜にAIに質問をすると、膨大な知識を返してくれる。それ自体はすごいことなんですが、本当に人に寄り添うAIなら「今日はもう遅いので、休んだ方がいいですよ」と言ってほしいんです(笑)
生体情報や日中の活動履歴を踏まえて、「いま必要なのは情報ではなく休息だ」と判断できる。そうした設計思想を持った技術は、今後ますます重要になると捉えています。
そのためEmotionXでは、暗号技術を用いてプライバシーデータを守りつつ、本当に必要な部分だけを伝えられる世界をつくりたいのです。監視カメラであれば映像を逐一見るのではなく、「空間が安全かどうか」だけを知らせる。データを暗号化することで、これまでとは異なるソリューションを提供できると考えています。
――吉水さんが実現してみたいことはありますか?
将来的には、自分が大切にしてきたライフログを“宝箱”のように暗号化し、未来の誰かに託せたら面白いですよね。「こんな人に届けたい」という条件を残しておけば、たとえ100年後でも、それを満たした人にだけ「過去からの贈り物」が届く。出会うはずのなかった人ともつながれる、そんな時間を超えたプレゼントもできると思っています。
――半導体業界に長く関わってきた立場から見て、いまの業界にはどんな課題を感じていますか?
一言でいうと、「世代や業界を超えたつながりの不足」です。これまで半導体業界を支えてきた先輩方は、20年30年と長い間ネットワークを築き続け、業界の垣根を超えて交流し、産業全体を盛り立ててきました。
しかし近年は、情報セキュリティやコンプライアンスを重視するあまり、若い世代や異業種との接点を持ちにくくなっていると感じています。
――既存のコミュニティがある中で、RISE-Aに感じた魅力を教えてください。
最初にRISE-Aの話を聞いたときは、「すでに業界にはコミュニティがあるから必要ないのでは」と思いました。ただ、それらは長年業界を支えてきたベテランの方々が中心で、次の世代が関わる機会はまだ十分ではないと思い直したんです。
さらに言えば、半導体はデジタル社会における、あらゆる産業の根幹です。しかし、いまの半導体業界には、ほかの産業と融合する要素が圧倒的に不足しています。そのため、既存の知見を大切にしながらも、異なる世代や業界をつなぐ場が必要なんです。
三井不動産が主導する、ライフサイエンスの「LINK-J」や宇宙産業の「cross U」のように、“ひとつの産業を超えた共創や協調のプラットフォーム”を掲げる「RISE-A」には大きな可能性を感じています。
――RISE-Aを通じて、どのようなことを実現していきたいと考えていますか?
まずは「日本橋に半導体の人たちが集まる場所がある」という認知を拡げることです。コロナ禍を経て、リアルで会うことの価値を多くの人が再認識しました。RISE-Aでは、その価値を最大化するために、さまざまな企画を進めていきたいと考えています。
企画は目的が明確であることが大切です。広く募集して多様な人を集めることもあれば、名指しで少人数を呼び「この人とこの人が出会うべきだ」と戦略的に場を設計することもあるでしょう。
重要なのは、つながるべき人同士が出会い、そこで生まれた関係性が自然と深まっていくことです。その結果、「また集まっているね」と言われるような、継続的なつながりに育っていくのが理想です。
――具体的な活動や、期待していることについて教えてください。
近く、RISE-Aで「人材育成」をテーマにしたセッションを企画しています。というのも現在、産学官連携による半導体への投資が進んでいますが、圧倒的な人材不足が予測されています。
ここで重要なのは、単に人を増やすことではありません。むしろ、アプリケーション側の人材が半導体設計にまで踏み込むことが必要です。
例えば、自動車エンジニアが「もっと小型化したい」と自ら設計に挑戦する。AIの研究者が計算性能の限界に直面して、半導体デザインに関わる。そうした“越境人材”が増えることで、産業は大きく進化すると考えています。
また近年、半導体は社会的に注目を集める分野となり、「興味はあるけれど、よく分からない」という人も増えている。その中には「つながりたい」と考える人たちが確実にいます。
そうした人や企業を巻き込み、半導体業界との橋渡しをしていくことが、RISE-Aでの私の役割だと思っています。
――「共創の場」としてのRISE-Aを、どうデザインしていきたいですか?
大切なのは「ただ集まって終わり」にしないことです。つなげるだけで、その後の道しるべがなければ、サークルの集まりで終わってしまいます。
私はRISE-Aを、“仕掛け人が存在する場”にしたい。例えば、「この企業とこの人がつながれば、新しい価値が生まれる」と考えて引き合わせる。そこから次のプロジェクトやイニシアティブが生まれるような、戦略的につながりをデザインする場所であるべきだと思っています。
そして最終的には、科学と産業が融合する「サイエンスパーク」をつくることが大きな目標です。
――吉水さんは、半導体業界の未来を考えるうえで「人とのつながり」が重要だと繰り返し強調されています。なぜそこまで人にこだわるのでしょうか。
半導体は、あらゆる分野の人や企業がつながり合って初めて成り立つ製品です。その積み重ねが、何億個、何千億個という規模で世界中に届けられます。
さらに、半導体は常に世界情勢の影響を受けます。為替や資源価格の変動、各国の政策によって産業が揺れ動く。そのため、自分がどこまで社会に影響を及ぼせるのか、どんな人たちと関わっているのかを理解しておく必要があるんです。
一人ですべてを知ることは不可能ですが、「この分野はこの人が詳しい」「この課題ならこの企業が強い」という地図を持ち、人とつながることで産業全体を動かせると考えています。
――次の世代がこの業界に惹かれるために、どんな働きかけが必要だと考えますか?
半導体の魅力を語れる人が増えれば、未来の担い手は自然と集まってくると思っています。
「cross U」で宇宙産業の人たちと話すと、みんな本当に楽しそうに未来を語るんですよ。その熱量に触れると、若い世代が「自分も挑戦してみたい」と思うのは自然なことですよね。
でも半導体業界には、その魅力を自分の言葉で語れる人が少なく、結果として、若い世代がこの分野に惹きつけられにくい。私はそれをとてももったいないと感じています。
半導体の魅力は明確です。人に直接手を施さなくても、自分の関わった技術が世界中に届き、社会全体を支える。それは大きな誇りになる体験なんです。
――では、未来に向けて半導体業界がさらに進化していくためには、何が必要だと思いますか?
私は「勝ち負けではなく、必要なものをつくる」という姿勢が大切だと思っています。これまで日本の産業は「どこに勝つか」「どこに負けるか」という視点で語られることが多かった。でも、世界中のサプライチェーンが複雑化したいま、特定の国や企業がすべてを担うのは現実的ではありません。
私は、アジアとの連携を強くすることが、日本の経済安全保障につながると考えています。なかでも宇宙産業は、日本がアジアのリーダーシップを取れる強みのひとつです。
勝ち負けではなく、社会的な存在意義や志を明確にして、「社会にとって必要なものを生み出すこと」に軸足を置くべきだと感じています。
――最後に、次世代を担う人たちへのメッセージをお願いします。
大事なのは「先入観を捨てること」です。人は誰でも、自分の経験や環境にもとづいた無意識のバイアスを持っており、年齢を重ねるほど、その傾向は強まります。でも、その先入観のせいで、新しい出会いやチャンスを逃してしまいます。
だからこそ、最初から「自分は知らない」と思って人と向き合うことが大切です。その姿勢さえあれば、知識も人脈も自然と広がります。
半導体の未来をつくるのは、技術だけではありません。技術の価値を語り、人とつながり、新しい仲間を巻き込む。その熱の連鎖こそが、次の半導体産業を動かしていくはずです。
吉水 康人 Yasuhito Yoshimizu
生年月日 1981年3月24日 大阪府岸和田市出身
1999年3月 私立清風高校卒業
2005年3月 大阪府立大学(現大阪公立大学) 大学院工学研究科卒業 物質系専攻
2005年4月 株式会社東芝入社 (セミコンダクター社配属)
2017年4月 東芝メモリ株式会社へ(分社化)
2019年10月 キオクシア株式会社へ(社名変更)
2024年4月 先端技術研究所 研究戦略企画室(現職)
2025年6月 EmotionX株式会社設立 代表取締役CEO(現職)。